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制作と広告とお酒と私

制作と広告とお酒と私の話をします。がんばります。

自分ぐらいは自分を理解してあげようよって話

Webの中でも、受託制作には2パターンあると思う。

・こんなものをこうして作りたいからこうやって作って
・こうしたほうがいいと思うからこうやって作った方がいい

みたいな感じだ。

 

言われたものをキレイに作る。というのと、提案的に作る。みたいな感じだが、
どっちが良い悪いではなく、両方のパターンが存在すると思う。

今回は後者の場合の話。

 

基本的に提案して作る場合は自由度が高い。
自由度は高いといえど、広告主や代理店、カメラマンやメイクさんなど様々な
人の意思が介在することは少なくない。

ディレクターという頭脳がきちんと稼働するプロジェクトもあるが、
多くの中小企業のプロジェクトだとそうならないことのほうが多いと思う。

(というか、優れたディレクターって数えるほどしかいない気がする)

 

デザイナーがある程度ゆとりがあり、考えられるデザインを起こす場合、
上述の通りディレクションとしての機能も持たなければならない、と思う。

現在のWeb制作の開発現場ではちょくちょく見かけることだ。

 

代理店勤めの人に「自分で考えて作れるデザイナーが少ない」と言われるのは、
上述の言われたものだけを作るデザイナーが多かったからだと思っている。

昔は「独自性を持つな、言われた物を作れ」と言われていたのが、
今は「考えて作れ」と言われているので皮肉なものだと思う。

 

 

話がそれてしまったが、「考えて作る」というのがどういうことかの話だ。

 

私見だが、「考えて作る」=「理由を持つ」ということだと思う。

 

理由とはなにか?

 ・○○という広告を出す → だから、○○というキャッチにする

 ・○○という人が多く見る → だから、○○の色にする

 ・○○というページがよく見られてる → だから、○○にする

 

要は、

 ・○○だ(だと思う) → だから、こうしている

というだけの話だ。

 

前段の「○○だと思う」という部分が実は一番キモだと思うが、
正直言ってしまえば、なんだって良いと思っている。

例えば私の場合は、その多くが主観だ。

 

「自分だと、この機能はいらない」 → だから、外す

「自分だったら、こういうのが便利」 → だから、つける

 

単純にそれだけの話しである。
もちろん、きちんと解析し、市場をファインディングし、ユーザーにもアンケートを取り、
きちんとしたデータのもとにきちんとした稼動を行うことが一番ベストだと思う。

ただ、その予算は?時間は?誰が?いつ?どうやって?
と考えていくと、実現することのほうが少ないだろう。

 

もちろん、ペルソナを作って寄り添う。ということは大事だ。
ただ、どんなペルソナを作っても、自分が気に入らなければ、
少なくとも1人のユーザーは失っている。

私が主観でも良いというのはそういう理由だ。
「少なくとも1人のユーザー」には認められているサイトになる。

 

「自分がこうだ」というものを作ると、話ができる。
自分が気に入った点をつけ、気に入らなかった点を省いただけなのだから。

それをもって人に話を聞くと、新しい視点が出てくる。
自分以外の新しいユーザーの声が聴こえるわけだ。

最初はそうしたそれぞれの主観で良いと思うんだよ。

 

まずは「自分がどう思っているか?」ってのを知ることが「考える」ってことじゃないか。
自分の作るものなんだから、自分の思うことぐらいは実装するべきなんじゃないか。

 

 

だからまずは、最低限自分だけでも理解者になれるサイトを作りたいと思う次第です。